”命のビザ”で有名な「杉原千畝ハウス」の修復【リトアニア】
- 2017.09.20
- 家飲み/家食べ

杉原千畝(スギハラ チウネ)とは日本の元外交官で、先の大戦中ナチスに迫害されリトアニアに逃げてきたユダヤ人たちに、日本通過のビザを発行したことで有名な人。
その ”命のビザ” で救われた人は4千人とも6千人とも言われ、それだけの人たちの命が彼の発行したビザで助かったのだ。
だがそのビザの発行は本国の訓令に反したことで、そのため彼は外務省を去ることに。
その辺りについてはとても書き尽くせないので、こちらを参照して下さい。
⇒ 杉原千畝記念館
そんな ”命のビザ” の舞台となったのがリトアニアの日本領事館。
現在は ”カウナス杉原記念館” として保存されているが、築後80年を過ぎて老朽化が激しく、雨漏りもしてこのままでは解体される恐れもあるとか。
この話を聞いて立ち上がったのが、日本のペンキ屋で作るボランティア集団 ”塗魂インターナショナル” のメンバーたち。
彼らには何の政治的思惑もなく、ただ単に杉原千畝の残した功績を後世まで伝えたい、その一心で、遥々リトアニアまで行って補修作業をしてきたのだ。
しかもすべて手弁当で。
ただ彼らはペンキのプロではあっても、雨漏りの屋根工事や壁などの補修は守備範囲外。
そこだけは現地リトアニアの業者に依頼したが、その代金が300万円。
その資金を寄付で募ることにし、使った手段がクラウド・ファンディング。
私も及ばずながら寄付という形で参加させて頂いたので、その顛末を書いてみたい。
リトアニア・カウナス市にある旧・日本領事館で、今は ”杉原ハウス” となっている。
遠目には意外と確りとしているようだが、結構荒れているらしい。
壁はこんな状態。
剥がれ落ちてしまっているところもある。
屋根は雨漏りがひどいとのこと。
屋根の葺き替えと壁などの補修は現地の業者にやってもらうが、その費用が300万円で、これを寄付で賄ったのだ。
幸い寄付が400万円近く集まったそうで、何より。
日本からリトアニア・カウナスまでは空路とバスで20時間。
流石に疲れたとのこと。
右側が一週間滞在したホテルで、居心地は良かったらしい。
起工式にはリトアニア政府や地元関係者、日本の外務省などに加え、現地のTV局やNHKを始めとする日本のメディアなども集まり、関心の高さを窺わせる。
杉原千畝はリトアニアでは有名な人で、切手にもなっているし杉原ハウスの前の通りは ”スギハラ・ストリート” と名付けられている。
しかも極めて親日的なお国柄なのも、彼の功績のお陰だ。
起工式も済み、さあやるぞ!
全員ペンキ塗りのプロだから、頼もしい限り。
事前に屋根の補修は済んでいる。
屋根工事のために組まれた足場を残しておいてくれたので、そのままペンキ作業に移れた。
塗料は現地の物を使うが、これがかなり使いづらいものだったとか。
粉の材料に液体を混ぜて使うのだが、ペンキというよりも漆喰に近い。
これが粉の材料。
ドイツ製だとか。
こちらが液体の材料。
混ぜればすぐに使えるものではなく、30分撹拌して30分寝かせる必要があるという、手間のかかる塗料なのだ。
材料を用意する場を ”ネタ場” という。
混ぜる割合を間違えてはいけないから、気を使う。
作りすぎてもいけないし、足りなくてもいけない。
塗る面積や作業のスピードも関係するから、ネタ場は神経を使う。
話は前後するが、使っている撹拌機は日本から持ち込んだものが電圧の関係で使えず、現地で調達したとか。
それに桶とかも現地で調達したのだが、大量の荷物になってしまい運ぶ手段がない。
途方にくれていたら「俺の車で運んでやるよ」と、身振り手振りで話しかけてきたのが現地の老夫婦。
英語もドイツ語も分からなかったが ”スギハラ” の一言で運んでくれたのには、感激したとか。
これがその夫婦。
現場にいた通訳によると、老夫婦はニュースで杉原ハウスの補修のことを知っていて、一目で塗魂インターナショナルのメンバーだと気付いたらしい。
で、困っているように見えたから手伝ったまでのこととか。
親切な心というのは、世界何処でも有りがたく嬉しいものだ。
下処理に一日費やしたから、あとは塗るだけ。
ひたすら塗ります。
慣れないし塗りにくい塗料でも、プロの意地にかけて塗っていく。
重たい塗料のため、指は痛いほど疲れたらしいが。
そんなプロが60人もいるから、仕事自体はスムーズに運んだそうだ。
下地が塗れたら乾燥のため放置。
乾かしている日も遊んでいるのではなく、近くの学校のペンキ塗りをするというタイトなスケジュール。
なんせプロが60人もいるから、こちらもアッという間に完成してしまったとか。
作業が終わったら学校の先生からお茶の接待。
お菓子がとても美味しかったそうだが、先生も美人だね。
生徒たちとの記念撮影。
友好にはとても良いことだ。
日本のボランティアだけでなく、現地のボランティアも参加してくれていた。
最高の親善活動だね。
こんなお膳立てをしてくれたのは、リトアニアの日本大使館。
なんとその重松大使が現場にまで足を運んでくれた。
大使の力の入れ様も分かるというもの。
途中は端折って、塗り終えた壁。
ムラがあるのは乾燥ムラとのことで、乾けばキレイになるらしい。
で、完工式。
完工式では多くの人たちからお褒めの言葉をいただき、またその出来栄えの良さを褒められた時には、涙ぐんでしまった職人も大勢いたとか。
職人の中には「スギハラチウネって誰?」という人もいたらしいが、ここで彼の業績を知って驚くと同時に、こんな記念碑的な行事に参加できて、とても嬉しかったとのこと。
彼らはみんな中小のペンキ屋さん。
決して余裕のある中で来た人ばかりではないけど、終わってみれば感激で肩を組んで泣いたとか。
こちらがキレイになった ”杉原ハウス”。
実は塗魂インターナショナルのメンバーたちはこの姿を見ていない。
通常の仕事のために、急いで帰国しなければいけなかったからだ。
私はささやかな寄付という形で参加させてもらったけど、気持ちは彼らと同じ。
そんな形ではあっても参加して良かったし、なんか嬉しい。
ありがとうございました。
※ 画像は塗魂インターナショナル及び関係者の方より拝借しました。
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