ボルサリーノではないがパナマハットを被ってみた【自宅】

ボルサリーノではないがパナマハットを被ってみた【自宅】

 

梅雨の時期ではあるが、日が出れば日差しは真夏の太陽そのもの。

そんな中を外出するには、女性にとっては日よけの日傘が必須のアイテム。

で、男は帽子(ハット)というのがシキタリだったようだが、いつの頃からかハットを被る男がほぼ消滅してしまった。

 

かく言う私も野球帽のようなキャップなら被ることはあっても、パナマ帽などのハットは被ったことが無い。

キザと言うか気恥ずかしくて被ったことがないのだ。

 

それと私にはハットに対してトラウマがある。

昔、アラン・ドロンとジャン・ポール・ベルモンドが主演した「ボルサリーノ」という映画を見たことがあるが、その「ボルサリーノ」とはイタリア製の帽子のこと。

その映画の中のアラン・ドロンとJP・ベルモンドがボルサリーノを被っているのだが、二人とも憎らしいほどに似合っている。

 

スターなので彼らがカッコ良過ぎるのは当たり前なのだが、そんな二人と自分を比べて、私には帽子(ハット)は似合わないと決めつけてしまったのだ。

世界的な美男スターの二人と自分を比べるのもナンだが、それがトラウマとなって、以来ハットとは縁がない。

 

そんなトラウマを私が持つことなど知らない奥殿が、夏用にと買ってきてくれたのがこの帽子。

パナマハットだ。

 

ボルサリーノは高級品なので流石にボルサリーノではないが、形は似たようなもの。

これを見た瞬間、私にはムリと思ったのだが、奥殿はせっかく買ってきたのだから被れば、と気楽に言う。

私にはこのパナマハットを粋に被るような大人の ”熟成度” が備わっていないように思うし、それにさっきも書いた通り、アラン・ドロンたちにはとても敵わないというトラウマがあるからだ。

 

だけどそんな事を言っていては未来永劫ハットを被ることが出来ない。

似合う、似合わないは自分で決めることではなく、人様が決めることだが、人はそれほど私のことなど気にしてはいない。

エイヤッと被ってしまえば後はどうでもナレで、初めてパナマ帽を被って出かけることにした。

 

出かける前に鏡の前でどう被ったら様になるか、あれこれ試してみたが、どうもしっくり来ない。

下手をするとチンドン屋の親父になりかねない。

 

そんな私を見て奥殿が横から「堂々と被ってしまえばナントカなる」と。

そうか「馬子にも衣装」ということもあるか、と変なところで納得して出かけてみた。

 

出かけた先はショッピングセンターで、私の服を買ってくれるというのだ。

買うのはスラックスにワイシャツなど夏用の服で、スラックスは試着してサイズを合わせないといけないから店員さんを呼ぶことに。

 

サイズ合わせに来てくれた店員さんが、私を見るなり「お帽子がお似合いで、」って。

エッ?、帽子が似合うって!

もう一度言って、何度でも言って。

その言葉が頭の中で共鳴し、しかも何度も反射して響いている。

 

男は誰でもそうだと思うが、褒められれば単純に嬉しいもの。

しかも外見とか身だしなみについて褒められると、舞い上がりそうに嬉しいのだ。

 

特に今回のように、似合うかどうか自信がなかった帽子について、それが「お似合いですよ」と言われれば無条件に嬉しいもので、木どころかエベレストにも登りそうになる。

そこには ”オレも満更でもないナ” とニヤッとしている自分がいる。

 

店員さんの褒め言葉ですっかり気を良くしてしまい、買うつもりがなかったベルトやハンカチなども買い込んでしまったが、気分は上々。

会計も済んで帰り際、奥殿にあの店員さんが私の帽子を見て「似合う」と言っていたと伝えれば、奥殿からガックリとくるヒトコトが。

 

そのヒトコトとは「営業トークだね」だと。

なんとまぁ冷酷無慈悲な。

 

ついでトドメのヒトコトも。

「お世辞もあるし」

それはそうかも知れないけど、何もそこまでハッキリと言わなくてもネ。

 

せっかく意を決して被ったパナマ帽だったけど、やっぱりアラン・ドロンにはなれないな。

当たり前だけど。

 

すっかり現実に引き戻された私は、帰って一杯やったのはモチロンのことだ。

今日も美味しかった、ごちそう様でした。

 

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ありがとうございました