「友達100人できたかな」は意味がないことかと
- 2025.10.14
- 家飲み/家食べ
人が幸せなのかそうでないのかは、外からでは分からないもの。
あちこちのブログを訪問していると、幸せそうにしていても内には様々な悩みがあり、悩みながら生きておられる方が意外に多い。
それは子供の問題であったり、親の介護の問題だったり。
またご本人の病気のこととか人間関係だったりとかで、外からは伺い知れないところで悩み、苦労しておられる方が多いのだ。
そういう苦労をされている人たちは、心が優しい人が多いように思う。
自分が悩んだり苦労したりしているから、人の痛みとか辛さが分かるのでは。
逆に何の問題もなく絶好調な人は人の痛みや辛さが分からないから、偉そうな態度で人を見下す人が多い。
相手を思いやる気遣いがなく、話をしていても小バカにしてマウントを取るのだ。
私の周りにもそんな態度を取る奴がいたが、今は付き合いがない。
そんな嫌なやつと付き合う必要はないから、こちらから連絡することはせず、向こうから連絡があっても適当にあしらって無視するようにしていたら段々と縁が切れてしまった。
そんな嫌な奴はいない方が良く、スッキリして清々した。
小学校の歌に「一年生になったら」という歌があり、その歌詞に「友達100人できたかな」というのがあるけど、友達が100人も出来るわけがない。
知り合いならそれぐらいはできるかもだけど、友達が100人なんてあり得ない。
仮に100人できたとしても、友達が多ければ変なやつも含まれるわけで、そんなのはいない方がいい。
長く生きていると人の心の表裏が見えてくるようになるもので、社会的には目立たなくても正直真面目に生きている人の方が実は心優しく、友達として信頼が置けることが多いように思うけどね。
友達は少なくてもいいと思うけど、どうでしょうか。
そんなことを思いつつ、この日の朝はパスタにしてみた。
何の意味もなく、単純にパスタが食べたかったのだ。
作るのはナポリタンで、最近はこればっかり。
パスタの量は2人分で140gと、いつもとまったく変わらない。
ソースに合わせるのもピーマンとソーセージで、固定化している。
パスタを茹でてソースに絡めれば一丁上がり。
粉チーズをかけて味わえば、これが抜群に旨い。
自分で作って旨いと言うのもナンだけど、これが本当に美味しくて、下手な店のパスタよりも旨いとさえ思う。
こんな旨いパスタが家で手軽に味わえるのだから、パスタを食べに店に行かなくなってしまったのも当然かと。
それに家で作れば格安だしね。
パスタを食べに店に行かなくなってしまったので、最近のパスタの値段がわからないけど、ナポリタンだと千円ぐらいするのでは。
それが家なら200円ぐらいでできてしまうのだ。
安くて美味しいのだから、外で食べなくなってしまったのだ。
パスタを食べた後は、洗面所にヒーターをセットした。
私の家で一番冷える場所は洗面・脱衣所。
北向きのため日がまったく差さず寒いのだ。
それで早々と用意したけど、ちょっと早過ぎたかも。
用意しても使わなければ済むことだし、それにいずれは使うのだからこれでいいかと。
今日はとりとめのない話で恐縮でした。
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