同じ料理が続くことは統計学で証明されている?【自宅】
- 2019.10.12
- 家飲み/家食べ
昼に「かつさと」でトンカツを食べたその日の夜。
晩ご飯に用意されていたのはチキンカツで、カツの二連発だった。
こういうことは時々ある。
昼がカレーなら夜もカレーだったとか、天丼を食べてきたら晩ご飯が天ぷらだったということで、時々あることだ。
昼ごはんと晩ご飯が同じ料理で重なることを、「あるよネ」という ”あるあるネタ” として捉える方もおられるが、それは単なる ”気のせい”。
ちょっと難しい話で恐縮だが、統計学ではある事が重なることは不思議なことでは無く当然のことで、それは証明されている。
むしろ重ならないことの方が不自然なのだ。
例えば飛行機事故の場合、飛行機が墜落すると続いて何機か落ちることがある。
それを「一機落ちると次々に落ちるよネ」と、”怪奇現象” のような話しにもなるが、統計学では続いて落ちることの方が自然で、適度な間隔を空けて墜落することの方が変なのだ。
どういうことかと言うと、例えば飛行機が落ちる確率を10万回に一回とすると、その飛行機が10万回飛べば一回は落ちることになる。
確率だから落ちるのが35回目かも知れないし、6万回目に落ちるかも知れない。
飛行機がその一機だけならいつ落ちるかは分からないが、飛行機が世界中で200万機あるとすると、等間隔のような ”キレイ” な間隔で落ちていくことの方が不自然。
200万機の飛行機を全体で見れば、ある飛行機は5回目に落ちて、ある飛行機は8千回目に落ち、別の飛行機は7万回目に落ちる。
これを200万機全部で見てみれば、落ちる間隔が重なるところができて ”縞模様” になる。
この ”縞” の濃いところが ”続けて落ちる” ところだ。
統計学では ”続けて落ちる” ことの方が自然で、実際もその通りになっている。
先にも書いたが、キレイな間隔を空けて落ちることの方が変。
飛行機が続けて落ちることは ”怪奇現象” などではなく、統計学では当然のことなのだ。
こんな説明でお分かりいただけただろうか。
カツが続くこともこれと同じで、重なることの方が自然なのだ。
カツの話から思いっきり飛躍してしまい、失礼しました。
本題に戻って、晩ご飯です。
これが用意されていたチキンカツ。
これを見た瞬間、「昼もカツだったけど」と言いそうになるが、それは禁句。
せっかく作ってくれたのに、ケチを付けるようなことを言ってはならない。
それに昼にトンカツを食べたことなど奥殿は知る由もないから、そんなことを言っても始まらないのだ。
もし言うとしても、それこそ「あるあるネタ」として話すぐらいで、「またカツか」などと言っては ”不満のタネ” を埋めることになりかねない。
食い物の恨みは恐ろしいからね。
さっそくビールで一杯。
ウ~ン、いつ飲んでもビールが美味い。
昼はトンカツだったが、チキンカツも旨い。
サクッと揚げられたカツで、パン粉の軽いタッチもいい感じだ。
手羽先の甘辛煮もビールによく合うひと品。
辛味はキムチの素で付けてあるが、後から辛味が追いかけて来るような辛さで、コチュジャンのように食べて直ぐに感じる辛さとは違う。
時間差をもって辛さが伝わる感じで、それが深みのある辛さになっている。
キムチの素で辛味を付けるのもいいものだ。
毎晩ビールを飲まないと晩ご飯が始まらないというのも、ナンだけどね。
飲まない人からみれば呆れるようなことだろうが、これが美味いのだ。
そんなこんなで飲み終えれば、やはり締めにはご飯が食べたい。
用意してくれたのは、ご飯に味噌汁のセット。
いつも通りの白いご飯に味噌汁のセットだけど、これが飽きのこない組み合わせ。
日本人が昔から食べ続けている日本のソウルフードと言えるもので、和食の原点なのかも知れない。
土井善晴さんの「一汁一菜でよい」によれば、ご飯と味噌汁さえあれば他には何も要らないと書いてある。
確かにその通りで、毎日の食事というのはそれで十分だし、また飽きないものだ、って、毎晩ビールを飲んでアテをつまんでいるオマエが言うか、と言われれば ”冷や汗モノ” だが。
今日も美味しかった、ごちそう様でした。
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